綿矢りさ「蹴りたい背中」

蹴りたい背中

蹴りたい背中


 2001年、綿矢りさが第38回文藝賞を受賞したとき、私は「文藝」誌で受賞作『インストール』を読んだ。当時の段階では〝文藝賞最年少受賞〟、しかも〝美少女作家誕生〟ということで、結構な話題をふりまいた。私も、作品そのものより、そうした綿矢の若さやルックスに注目したクチだった。いや、作品そのものもなかなか読ませるものだったが、技術的に拙い面が目についたし、なんだかあっけないような印象があって、やはり綿矢本人が放つ魅力が大きな力となっていたような気がする。



 2作めの『蹴りたい背中』は、芥川賞を受賞したりして恐ろしく話題になり、大ベストセラーになった。冷静に考えて、『蹴りたい背中』がそれほど優れた作品かどうか疑問を差し挟む余地はあるが、『インストール』からは格段の進歩を遂げたと思うし、何よりも、私自身がこの作品を好きだと感じられたのだから文句はない。



蹴りたい背中』は、高校に入学して2ヶ月、早くもクラスの人間関係の枠外にいるハツと、同じく枠外にいるにな川の、恋愛とも友情ともつかぬ奇妙な関係を書いた小説だ。
 ハツは、にな川を見下ろしたとき「気持ちいい」と感じたり、にな川の背中を蹴ることに喜びを感じたりする。そんな、ハツがにな川に対して抱くささやかなサディズムが、この作品を非凡なものに押し上げている。本作の設定だと、クラスからあぶれた男女が仲間意識から惹かれ合って親しくなるという凡庸な図式に終始してもおかしくないが、綿矢の才気は、ハツとにな川の関係を実に微妙で複雑に描写することに成功した。


 にな川は、ファッション誌で活躍するモデル・オリチャンの熱烈なファンで、ハツは駅前の無印良品店でたまたまオリチャンと遭遇したことがある。にな川がハツに興味を持ったのは、ハツが実物のオリチャンに会ったことがある人間だったからで、にな川は、ハツと接しながら、ハツがオリチャンと会ったという事実と付き合っていたのだ。ハツも、にな川の目は「私を見ているようで見ていない」と感じとっていた。ところが、にな川は意外にも、そんな虚ろな目つきで、ハツのことをよく見ていたのだった。
 こうした奇妙な男女の関係が、あからさまに明確な〝恋〟へと進展するのでもなく、ずっと曖昧さを保ちながら描写されていき、ハツがにな川を「いためつけたい」「蹴りたい」と欲求する気持ちだけがクリアにあぶりだされていく。こうした、ハツとにな川の独特の関係を書きえた綿矢を高く評価したい。


蹴りたい背中』を好きになったことで、今後の綿矢作品も追いかけていきたいと思うようになった。正直に言えば、作品の魅力だけに惹かれているのでない。どうしたって彼女のルックスも無視できないのだ。作品そのものの魅力に加えルックスのよさにも惹かれながら、綿矢りさのライトなファンを続けたい。
 


 6日に『インストール』の文庫が発売になるらしい。書き下ろし短篇『You can keep it.』が収録されているということなので、それに釣られて買ってしまいそう。
 http://www.kawade.co.jp/bookdata/index.asp?ISBN=4309407587