中島義道「悪について」

悪について (岩波新書)

悪について (岩波新書)


 哲学者の中島義道が、カントの倫理学を「悪」の側面から読み解いた一冊。カントの主著『人倫の形而上学の基礎づけ』『実践理性批判』『単なる理性の限界としての宗教』『人倫の形而上学』をテキストに、ドストエフスキー罪と罰』、太宰治『斜陽』、F・W・カヴィーツェル『何故と問うなかれ』といった小説から具体的な事例を引きつつ、カントが説いた「根本悪」について探究している。


 中島は言う。人間は根本的に悪にまみれた存在で、道徳的に善い行為ばかりを選んで生きることはできない。だからこそ人間は、自分が永遠に得られない最高の善を渇望するのである。そして、絶対的に正しい答えは与えられないと知っているからこそ、本当の正しさとは何かを考え続けるのだ、と。
 根本的な悪から逃れられないと知った上で、最高の善を求めようと常に思考する態度こそ、人間がこの世でなしうる最も「道徳的」な行為なのかもしれない。


 中島義道は、自分の価値観や生き方を一般向けにかみくだいたエッセイを多数上梓しているが、本書は、そうしたエッセイと比べ内容がやや専門的である。
 私は以前、中島にファンレターらしきものを送ったことがあり、その返事として、簡単な手紙と中島の著作2冊を受けとった。2冊ともすでに持っている本だったが、返事がもらえたという事実が嬉しかった。
 私のファンレター?に直筆の返事をくれた哲学者は、中島のほかに、池田晶子がいる。