ちばあきお「ふしぎトーボくん」

『ふしぎトーボくん』は、「月刊少年ジャンプ」連載当時に読んでいて、好きだったマンガだ。細かい内容は忘却したが、主人公のトーボくんが動物と話せる少年だったことは記憶していた。
 今回、集英社文庫版の1巻のみを購入。全4巻なので、追い追い揃えたいところだが、1巻を読んだ時点で深い感銘を受けたので、ここで触れてみる。


 
 トーボくんは、他人とのつきあいが苦手で心を閉ざしがちな性格をしている。人間社会にうまく適応できないためどこかの施設に入っていたトーボくんが、お父さんに連れられて自宅へ帰るところから物語は始まる。自宅へ帰れたものの、お父さんに「明日中にとうちゃん以外の人間とつきあってみろ。もしそれができないようではとてもとうちゃんの手にはおえん。施設におくりかえす」と告げられる。こうしてトーボくんは、人に慣れるため、人に心を開くため、日々を頑張らなければならなくなった。
 そんなとき、ユリちゃんという可憐な美少女と出会い、他人と打ち解けていくきっかけを得るとともに、単純ではない人間心理を体験的に学ぶことになる。他人に心を閉ざしがちだったトーボくんが、友達を得、少しずつ人とかかわれるようになっていく様子に、私は心を揺さぶられた。
 場面場面でのトーボくんのこまやかな心情を私なりに想像しながら、そしてトーボくんに愛情をたっぷり注ぎながら、第1巻を読み終えた。胸の奥に、何かあたかかいものがほんのりと芽生えた。加えて、今後トーボくんは、人とかわりの中で、深く傷ついたり、疎外されたりといった苦い体験を味わうのではないか、との危惧も感じた。


 トーボくんは人とのつきあいは苦手だが、動植物とのコミュニケーションは大の得意だ。なにしろ、動植物と話をすることができるのだから。
 現代文明に毒されていないトーボくんは、現代人が失った動物的な直観や原始的な感性を有しているのである。
 それがために彼は、周囲から奇異の目で見られ、一種の差別を受けてきた。市井の人々の、異質な者に対する冷ややかな視線や態度が、この作品では実に自然な筆致で鋭く描写されている。


 人間と接するときの不器用さとうってかわって、動物とかかわるときのトーボくんは生き生きとして楽しそうだ。動物たちに慕われている姿からはカリスマ性すら感じる。
 本作は、こうした不思議な能力を持ったトーボくんが、その能力を使って活躍するプラス面だけに焦点を当てるのではなく、そんな能力を持ってしまった少年の現実社会における生きにくさをも真摯に描いていて、私はすっかり魅了された。ちばあきおの素朴な描線が、この作品のテーマや雰囲気とぴったり合っているのも素晴らしい。
 動物たちが、自らの生き残りのため、知恵をしぼったり苦労したり駆け引きをしたりするさまにも、心をつかまれた。
 1巻しか読んでないが、名作である。