阿部和重「無情の世界」

無情の世界 (新潮文庫)

無情の世界 (新潮文庫)

『トライアングルズ』『無情の世界』『鏖(みなごろし)』の3編を収めた作品集。野間文芸新人賞を受賞。


 3編それぞれに強烈な感覚を味わったが、なかでも『トライアングルス』が最も鋭く心に突き刺さってきた。本作は、<私>の父の不倫相手である<あなた>へ<私>が書き送った手紙の体裁をとっている。語り手の<私>は小学六年生。<私>が語るのは、<あなた>に一目惚れしストーカー行為まで行なう<先生>の異常な言動がもたらす顛末である。『トライアングルズ』とは、<私>と<あなた>と<先生>の奇妙な関係を象徴したタイトルだろうか。<先生>は、<私>の父と<あなた>の不倫関係を知り、2人の仲を引き離すため、<私>の家へ<私>の家庭教師として潜りこもうと企てた。そして、首尾よく<私>の家庭教師におさまるのだった。
 異常な考えをもった<先生>は、自らの異常な行動の結果、最終的に自分の肉体のある部位を果物ナイフで抉りとって、<私>たちの前から去っていく。
 そうなるまでに<先生>は、<あなた>へのストーカー行為を正当化する、もっともらしい説明を弄する。「あなたのことを正確に知り抜くためには、まずあなたの行動を客観的に観察してみるしかなく、それにはストーキングがもっとも適したやり方である」などと。そうした<先生>の言葉から、<先生>の病的な心理が浮かび、その病的な心理を小学六年生である<私>が詳しく語るというのが、本書の最も異様な味わいである。


 文庫版の解説で加藤典洋は、本作で多用される「〜といいます」と語り口から、楳図かずおの『わたしは真悟』を想起しているが、私も同じく『わたしは真悟』を思い出した。『わたしは真悟』の「〜といいます」という語りは、いつまでも脳裏に刻みつく独特の情感とリズムがある。


●追記
このミステリーがすごい!2006版」は、9日に入手することができた。