折原一「誘拐者」

誘拐者 (文春文庫)

誘拐者 (文春文庫)

『誘拐者』は、文春文庫所収の折原一作品では、『冤罪者』『失踪者』につぐ3作めにあたるが、ハードカバー本で世に出たのは本作がいちばん早い。
 場面によって人称が様々に変わる地の文の合間に、新聞記事やレポート、手記、書簡といった叙述形式を挿入し、巧みに読者の目をくらましながら、最後に衝撃の結末に至る展開は、〝叙述トリックの雄〟と呼ばれる折原が最高に得意とする手法だ。多重視点と多重文体による叙述トリックと言うべきか。
 個人的には、『冤罪者』『失踪者』のほうが夢中になって読めたが、トリックの緻密さ、プロットの複雑さなどは、本作のほうが上回っている気がした。赤ん坊の誘拐事件が話の発端になるが、そのうちプロットが錯綜してきて、何がどう関係しているのか分からなくなり、そうした宙吊り状態が長く続いてから意外な結末に到達することで、ようやく腑に落ちた感覚を味わえる。


 本作の「犯人」はいささか暴走気味で、その人物がやらかす犯行はグロテスク。その暴走とグロテスクは、ときによって、ギャグの一歩手前のごとき滑稽さに映るが、気分が優れないとき読むと、一気に食欲を失いかねない。巻末の解説によると、折原はこの作品によって女性読者を減らしてしまったという。