鬼頭莫宏「ぼくらの」1〜4巻

ぼくらの 4 (IKKI COMIX)

ぼくらの 4 (IKKI COMIX)

 15人の少年少女が地球を守るため、一体の巨大ロボットの乗組員となってどこからか襲ってくる敵と戦う話。そんな大枠だけ聞くと、正調の巨大ロボットヒーローもののような印象を受け、特異といえば、15人の少年少女が一体の巨大ロボットの乗組員であることくらいに感じられるが、そうはいかないのがこの作品なのだ。
 15人は地球の平和を守る正義のヒーローの役割を付与されるが、正義のヒーローであることがただの綺麗事やカッコいいことで済まされない。巨大ロボットが戦う場所が市街地だったりすれば、その足元で生活する人々に甚大な被害が及ぶ。一般的な巨大ロボットものや怪獣ものは、そういう被害の状況を曖昧に描く場合が多い。ところが本作では、正義の巨大ロボットの動きによって無辜の民が死んでいくシーンも正面から描写されるのだ。
 この作品を読んでいた私をとりわけおののかせたのは、巨大ロボットに乗る15人のうち、その回の操縦士に選ばれた1人が、戦闘終了後、命を失ってしまうことだ。そんな設定をまだ知らぬ状態で読んでいた私は、最初の操縦士となった少年の内面に感情移入しながら、今後彼の活躍や成長が作中で描かれていくのだろう、とおぼろげに予測していた。ところが彼は、1回の戦闘で操縦士をつとめたあと、あっさり死んでしまうのである。この死の場面を読んだとき、背筋に戦慄が走った。
 彼に限らず、ロボットの乗組員に選ばれた15人の少年少女は、ロボットを操縦し終えるたびに、1人ずつ死んでいく。それぞれに等身大の生活をもった子どもたちが、順繰りに死んでいくのである。それだけでも痛切なのに、それ以外にも胸を痛めたくなる要素がいろいろとあって、直視するのがつらい場面すら出てくる。それでもこの物語がどう終結するか最後まで見届けたい欲求に駆られるのから不思議だ。


 死んでいく子どもたち1人1人が持つ背景が各話で丁寧に描かれることが、よけいに子ども達の死を重いものに感じさせる。家族を愛していたり、いじめられていたり、愛する人に裏切られて深い傷を負っていたり… それぞれの子ども達にそれぞれの事情があって心情があって、そういう背景を読んだあとにその子どもが死んでいく場面に直面するので、その死に否応なく逃れられないリアリティを感じてしまう。


 本作は、ジョージ秋山の『ザ・ムーン』と基本設定が似通っている。本作のなかで1人の少女が『ザ・ムーン』と思われるマンガを読んだ話をするし、単行本1巻のオビにジョージ秋山が推薦コメントを寄せていることから、本作が『ザ・ムーン』の自覚的なオマージュであることがわかる。『ザ・ムーン』はジョージ秋山作品のなかでも最高位に好きなものなので、その本格的なオマージュとあれば、なおさら最後までお付き合いしたくなる。


 巨大ロボットが地球を滅亡から救うため、地球外から襲来する巨大な敵と戦って勝利をおさめていく話なのに、あまり勇気も希望もわいてこず、痛ましいような身を切られるようなヘビーな気持ちがにじんでくる。にもかかわらず、続きを読みたくなる魔性がこの作品にはある。