貴志祐介「硝子のハンマー」

硝子のハンマー

硝子のハンマー

 貴志祐介にとって初めての本格ミステリー。私は、貴志の小説では『黒い家』『天使の囀り』といったホラー度の高いものが好きなので、まっとうな本格ミステリーである本作は、貴志作品を読む体験としてはちょっと物足りなかったというか、期待していたものと内実がズレていたという感覚だ。でも、貴志は以前より「今度の新作は本格ミステリー」と明言していたのだから、期待していたものとズレていたという言い方は不当だろう。決して作品そのものの水準が低いわけでなく、本格ミステリーとしては丁寧に謎を追究しており、最後まで確実に読ませてくれるから、本書を買って損をしたという気分はない。


 本作は密室物といえるが、その密室が成立する場所が絶海の孤島でも怪奇な洋館でもなく、東京六本木の普通のオフィスビルであるというところが興味深い。その密室を密室たらしめている構成要素がどんなものであるかも見どころだろう。
 本作にはとにかく防犯関係の知識が頻出するので、読んでいくうちに防犯意識が高まっていく効果もあるが、逆に、自分のような一般人がどんなにしっかり施錠をしても鍵は開けられてしまうんだ、というあきらめの境地も生じてくる。
 貴志にはまた『黒い家』や『天使の囀り』のようなエグみのある小説を、巧緻な構成力と綿密な取材力で読ませてもらいたい。