田山花袋「蒲団」

蒲団・一兵卒 (岩波文庫)

蒲団・一兵卒 (岩波文庫)

 自然主義文学のひとつの達成であり、私小説の出現と評される「蒲団」は、日本文学史上のエポックメイキングであり、今なお議論にのぼり続ける重要な作品である。文学史的に重要な作品とはいえ、私が以前「蒲団」を読んだときは、どちらかといえば退屈で読み終えるのがつらかったとの記憶がある。短い作品なのが救いだった。
 ところが、この歳になって読み返すと、主人公の年齢と今の自分が近いこともあってか、そこそこ面白く読めた。



 作者の分身的存在である作家・竹中時雄は、34、5歳の文学者。妻と子ども3人がいる分別のある大人である。その時雄のもとに弟子入りをしたいと熱烈な手紙を書いてよこしたのが横山芳子だった。芳子は、19歳、神戸の女学院出身のハイカラな女性だった。時雄はいったん芳子の申し出を断るが、彼女の熱意に打たれて、彼女を自宅に寄宿させることにした。
 時雄は、その芳子に恋心をおぼえて煩悶する。妻子ある身でありながら、歳の離れた女弟子を好きになったことで煩悶し、その芳子に男ができたことで煩悶し、その後もあれこれと何かあるたびに懊悩して、最後は、作品のタイトルに直接つながる、有名なシーンで幕を閉じる。
 妻子ある30代中盤の男が、15歳ほども歳下の若い女性に片想いして懊悩するさまが、切実であればあるほど滑稽味が増幅して可笑しい。



 本作は、田山花袋が自己の秘しておくべき内面や私生活を赤裸々に告白した作品と考えられてきたが、近年の研究によってこの作品の内容は虚構度が高く、関係者にも了解済みだったことが判明している。『蒲団』は、作者の内面や私生活の恥部を自ら勇敢に暴露した作品であるとの評価を狙い、実際に文壇にセンセーションを巻き起こした、まことに戦略的な小説だったのだ。