バレンタインデーと手塚治虫


 2月14日はバレンタインデー。
ブラック・ジャック』にバレンタインデーのエピソードがあります。「本間血腫」。ピノコはB・Jにハート型のチョコレートをあげようとするのですが…。切ないラストシーンです。


 バレンタインデー云々ということを除いても、手塚先生はそもそも大変なチョコレート好きでした。チョコがないと原稿が描けない、と夜中に訴えるほど。昔はコンビニがなかったので、周囲の人も苦労されたことでしょう。
 昨年、手塚先生の開かずの机の引き出しからかじりかけのチョコレートが見つかったのは驚嘆のニュースでした。
 http://matome.naver.jp/odai/2139605478443951901
 お若い時分はハーシーのチョコレートがお好きだったそうですし、晩年は明治製菓のものをよく食べておられたようです。開かずの引き出しから出てきたのは、ロッテのチョコレートでした。いずれにしても「板チョコ」という共通性があります。


 チョコレートといえば、上京まもない松本零士先生が手塚先生の家に泊ったさい、手塚先生からチョコレートうどんを出されたエピソードはよく知られています。お二人が鼎談の中でそのことを話題にしていると、手塚先生が「これ、こんどからバレンタインデーにやったらいいんじゃないですか(笑)」と提案する一幕もありました。(鼎談は、手塚先生、松本先生、大城のぼる先生によるもの。『OH!漫画』(晶文社、1982年6月25日発行)より)



 そして、2月14日は「ふんどしの日」でもあるとか。
 短編『おけさのひょう六』(「週刊少年マガジン」1974年4月21日号)で、小作人ひょう六が殿様の前でふんどし一丁になって踊る場面が軽妙かつ躍動的で印象深いです。ひょう六の踊りは、殿様、代官、役人の悪辣な行動の見事なモノマネになっています。ひょう六自身は殿様を見たこともないのに…。
 ひょう六の踊りの評判を聞きつけた殿様が、自分の屋敷に彼を招いて踊らせます。礼装を着たままだと窮屈で踊りづらいため、ひょう六は服を脱いでふんどし姿になるのです。
 殿様の前で殿様のモノマネをやってしまったものですから、ひょう六は踊りを禁じられ、それでもなお踊り続けたため片目を斬られることになります。しかし、そんな懲罰を加えられても彼は踊り続けるのです。
 ひょう六は踊ることが好きで踊っているのですが、その踊りは過酷な生活を強いられる百姓の権力者に対する訴えになっています。だから百姓たちの人気を集め、殿様はひょう六の踊りを厳しく禁じたのです。ひょう六は心から楽しそうに踊っており、見る者の目にユーモラスに映ってその姿は純粋に愉快なのですが、それが命がけの表現、告発、風刺の意味も帯びていると思うと見え方が違ってきます。ユーモラスな踊りが醸しだす軽みと、それが含有する意味の重みとが相乗し、心の震えをもたらします。
 踊りをやめなかったひょう六は、ついに両目を潰され、踊れなくなってしまいます。ですが、彼の踊りを継ぐ者が現れます…。それは果たして…。
 民話的な雰囲気と、踊ることの純粋な楽しさ、踊ることが意味する重み、そしてひょう六のあとの継ぐ者の存在…。それらの要素が物語の中で調和して、魅力的な作品となっています。手塚先生の少年向け短編の中でも個人的に好きなもののひとつです。