手塚先生のお誕生日に『アトム大使』を読む


 さる11月3日(木・祝)は手塚治虫先生のお誕生日でした。毎年この日に(できるかぎり)手塚マンガを読み返すことにしています。一昨年は『人間昆虫記』、昨年は『アリと巨人』、そして今年は『アトム大使』を再読作品に選びました。
 
アトム大使』は、手塚マンガのなかでも最大級のメジャー作品である『鉄腕アトム』の前身的作品です。ここでアトムというキャラクターがデビューしました。
 もうひとつの地球の存在、ひとつの星に暮らす人類全体の難民化、長期間におよぶ宇宙漂流、2種類の人類の遭遇と軋轢と和解、人口倍増よる食糧不足への危惧…。『アトム大使』は本格度の高いSF作品であり、宇宙的な視野を借りながら地球内の問題をあぶりだす文明批評的なニュアンスも強く含み込んでいます。


 アトムの生い立ちが帯びる悲劇性は何度読んでも心に沁みます。亡くなった子どもの身代わりとして造られたアトム…。それなのに、本物の子どものように成長しないことを疎まれ、サーカスに売り飛ばされてしまう…。
 そのサーカスの場面で「ロボット対人間」の対決が描かれます。サーカスのショーとして、そういうことが行なわれたのです。
 ロボット対人間といえば、今年、人工知能がトッププロ棋士囲碁対決して圧勝したというニュースがあったことを思い出します。
 

2016年3月9日〜15日。世界チャンピオンを何度も獲得した韓国の棋士李世ドル(イセドル)九段(33)と、米グーグルグループ・ディープマインド社製AI(人工知能)「AlphaGo(アルファ碁)」の五番勝負が行われ、なんと、AIが4勝1敗で勝ち越したのだ。
 http://ironna.jp/article/3126

 この囲碁対決はサーカスのショーとはわけが違うのでしょうが、人工知能と生身の人間の対決がこうしてイベント化され注目のニュースとして報じられたことを思うと、『アトム大使』で描かれた「ロボット対人間」対決とイメージを重ねずにはいられないのです。『アトム大使』では「計算」と「積み木」の対決が行なわれ、計算では速く正確に答えを出したロボット(アトム)が勝ち、積み木では創造性の高い積み方をした人間(宇宙から来たタマオくん)が勝利します。その次に1対1の格闘が行なわれようとしたところでショーは中断します。


 アトムを造った天馬博士の『アトム大使』におけるマッドサイエンティストっぷりは相当なものです。いちおう、人口倍増が引き起こす食糧不足を防ぐため、という大義は立ちそうですが、やっていることは凶暴な大悪党です。


 もともと地球に住んでいた人類と、あとから地球へやってきた人類の対立。アトムは2つの人類の架け橋となるべく“大使”を任されます。誠意を見せろ、と要求されたアトムが取った行動は、本作を初めて読んだとき大きなインパクトと強い説得力を感じました。なにせ、アトムは自分の頭部を切り離して相手に差し出してしまうのですから。
 ロボットだからこそできるやり方とはいえ、人造人間であるアトムにとって頭はアトムであることを根拠づけるアイデンティティであり命に匹敵するほど枢要なパーツでしょう。それをさっと相手に差し出すなんて、アトムは交渉術の超達人ではないですか!地球上のすべての和平交渉をアトムに任せたくなります。