『鉄腕アトム』「気体人間の巻」


「少年」1952年4月号から10月号にかけて掲載されたエピソード。
 初出時は「アトムの両親」(1952年4月号)と「気体人間」(1952年5月号〜10月号)に分かれていたが、講談社手塚治虫漫画全集などおおかたの単行本では一つのエピソードとしてまとめられている。


「アトムの両親」のパートが『鉄腕アトム』連載第1話ということになる。
 前作『アトム大使』でアトムの生い立ちの悲劇性が語られたわけだが、その悲劇性を引きずって、『鉄腕アトム』連載第1話は冒頭からアトムの置かれた物悲しい状況が描かれる。アトムはロボットだが、人間と同じ学校に通っている。全学年を通じて最も優等生だ。にもかかわらず、アトムはロボットだから、親がいないからという理由でいじめられる。人間ではないことでいじめられ、みなしごだということでいじめられる。そんなふうだから、物語の初っ端からアトムの悲劇性を感じざるをえないのだ。
 アトムはロボットなので、生身の人間になることはできない。人間ではないという事実からは逃れられないのだ。しかし、両親がいない状況からは逃がしてあげたいと、アトムの親代わりをつとめるお茶の水博士はアトムの両親ロボットを造る。
 この両親ロボット、見た目はやさしく平凡な人間のお父さん・お母さんのようなのだが、息子よりあとに誕生したとか、人間とは異なる子どものかわいがり方をするなど、ロボット親子だからこその不思議さも見せてくれる。
 さらに両親ロボットは、人間らしさを身につけるため人間の学校に入学し、なんとアトムの下級生になってしまう。何ともユーモラスな状況だ。



「気体人間」のパートは、異種族(気体人間)による人類侵略を描いた、ハードなSFアクションである。気体人間に脳を支配された者が悪人化する様子や、その者から気体人間が遊離する描写などを見ると、ホラーの要素も感じられる。
 地球の成層圏で暮らしていた“気体人間”が、地上の人間たち(つまり我々)の世界へやってくる。気体人間は、地上の人間の身体に住みついて脳を支配する能力を持っている。その能力で地上を総攻撃し、人間を奴隷化しようと企てている。
 気体人間は、地上に人間が住んでいる事実を知らなかったという。ところが、地上の人間が(飛行機などで)成層圏にちょくちょく侵入するようになったため、彼らは地上の人間の存在に気づかされたのである。
 気体人間が長いあいだ地上の人間の存在を知らなかったその理由には、「なるほど!」と膝を打った。地上での文明の発達、とりわけ飛行機の発明・運行によって、成層圏に暮らす気体人間は地上に人間がいることを否応なく知ることになったのだ。そうなるまでは、地上の人間は地上に、成層圏の人間は成層圏に、きっちり棲み分けができていた。それを思うと、これは文明の発達が引き起こした悲劇だったのだ、とも解釈できる。
 我々の立場からこの物語を読めば、地上への侵略者である気体人間が“悪”であるかのように見えるが、互いの棲み分けを(無自覚ながら)破ったのは地上の人間のほうであり、気体人間の立場も理解できないことはない。もちろん我々は地上の人間なので、気体人間が敗北するのは喜ばしい結末であり、それはハッピーエンドの物語といえるのだが、わずかながらでも、気体人間の立場に思いを寄せ、地上世界の文明の発展に懐疑の念を抱きたい。
「気体人間の巻」は、そんなふうに考えたくなる物語である。