『指令!午前7時』『ジェット基地の幽霊』『ハリケーンZ』


 前のエントリで『花とあらくれ ―手塚治虫劇画作品集』(小学館クリエイティブ)収録作品3編について書いたが、今日は残りの収録作を取り上げたい。
 ■『刹那』『落盤』『花とあらくれ』
 http://d.hatena.ne.jp/magasaino/20140424

 
 ・『花とあらくれ ―手塚治虫劇画作品集』裏表紙


【以下の作品は、貸本短編誌が初出ではなく、少年誌に発表されたのち貸本短編誌に再録されたものばかりである】


●『指令!午前7時』(「X」第2号、1959年8月5日、鈴木出版/初出:「冒険王」夏休み増刊号、1956年9月15日)
 のちに『午前7時の地下室』と改題された。
“ロービイ”と呼ばれる世界的な原子科学者が中央ホテル13階の13号室に宿泊している。そのことを嗅ぎつけたギャング団(暗殺集団?)は、中央ホテルの地下室に時限爆弾を仕掛け、ロービイを暗殺しようと企てる。時限爆弾が爆発するのは午前7時ちょうど。7時が来れば、ロービイばかりでなくホテルに宿泊する700人が死んでしまう。大量殺戮である。
 爆弾を仕掛けた地下室には、護衛の父子が暮らしていた。父は病気で寝込んでおり、朝まで命が持つかどうか…という危機的な状況。700人もの命を奪おうとしているギャングたちは、それなのに病床の父親を手当てして命を救おうとする。父親の命を救ったところで、結局その父子を地下室に閉じ込めるのだから、午前7時が来れば死んでしまうことに変わりない。
 自分らがこれから命を奪おうとしている人間の命を、必死になって救ってしまう矛盾…。
 暗殺の任務を粛々と遂行しながら、なぜか目の前で苦しむ人を助けたくなる。それは暗殺者としては弱みだけれど、一人の人間としてはまぎれもなく美点である。
 悪に徹し切れなかったギャングの企ては失敗に終わる。時限爆弾の爆発は阻止されたのだ。その結果を聞いたギャングは「これでおれもホッとしたぜ」と本音をもらす。彼はもう暗殺者ではなく、一人の人間に戻っていたのだ。そんなラストに私もホッとした。
 最後の最後にロービイの正体が明かされ、驚かされる。事件が解決された余韻にひたっている私の目の前に、意外な驚きが投下されたのだ。このラストは強い印象を残す。



●『ジェット基地の幽霊』(「閃光―フラッシュ」、1960年、東邦漫画出版社/「謎&怪奇」NO.1、1963年、東邦漫画出版社/初出:「冒険王」夏休み大増刊号、1958年9月15日)
 小さな島のジェット基地に幽霊が出る、という噂が立った。本作は、その噂の真相を解き明かすミステリー仕立ての一編である。最後の一コマで、幽霊の正体が科学的に説明される。
「幽霊の正体見たり枯れ尾花」ということわざを思い出す。 
 そんな作品なので、2009年刊行の『手塚治虫の理科教室』(いそっぷ社)という本にも収録された。


●『ハリケーンZ』1(「炎」1、東光堂、1959年)
 『ハリケーンZ』2(「炎」2、東光堂、1959年)
 『ハリケーンZ』3(「炎」3、東光堂、1959年)
 (初出:「少年クラブ」1958年7〜10月号)
『ハリケーンZ』は手塚先生が気に入ってなかったこともあって、長いあいだ単行本未収録だったが、『花とあらくれ ―手塚治虫劇画作品集』の刊行によって、ついに単行本に収録された(本書に収録されたのは、1959年「炎」に再録するにあたって初出から少し改訂されたバージョン)。
『ハリケーンX』には「スーパーX事件」と「十三の怪神像事件」の2つのエピソードがあって、本書に収録されたのは前者のみ。この2エピソードが初めて完全収録されたのは、2010年刊行の手塚治虫オリジナル版復刻シリーズ4『旋風Z・ハリケーンZ』(国書刊行会)においてである。その後、手塚治虫文庫全集194『手塚治虫漫画全集未収録作品集』1巻にも収録された。


“ハリケーンZ”とは、主人公の私立探偵の名前だ。
 手塚先生がこの作品を好きでなかったのは、猟奇的というか、おどろおどろしいというか、そんなふうに怪しく暗い雰囲気が漂っているからだろうか。それが理由のひとつであったかもしれないし、そのほかの理由があるという話も聞いたことがあるけれど、よく知らない。
 私は暗い系の手塚マンガが非常に好きで、そんな暗い系作品を立て続けに読んでいくことで手塚治虫に本格的にハマった、と言ってもよいくらいだ。だから『ハリケーンZ』もどちらかといえば好みの作品である。


 雷鳴とどろく荒波の海を進む、怪しげな船“土用丸”…。その船に乗せられて海亀島へ連れて行かれる人々が「くすりをくれえ」「くすり……」と叫ぶ。冒頭からして、ただならぬ雰囲気だ。危険なかおりがする。
 そこまでがアバンタイトルで、次に題名を掲げた扉ページが配置され、本編が始まっていく。
“間黒”という水泳選手がレース直後に倒れてしまった。心配したハリケーンZが間黒選手のもとに駆けつけ、事情を尋ねたが、間黒選手は誰にも打ち明けられない悩みを抱えていた。その後間黒選手は何者かにさらわれ、「土用丸ニノル」という書き置きが残された。それを手がかりにハリケーンZの探偵活動が始まるのだった…。


 ハリケーンZは、この事件に“スーパーX”なる麻薬が絡んでいることを突き止める。冒頭で「くすりをくれえ」「くすり……」というシーンがあったわけだが、そのくすりとはスーパーXのことだったのだ。
 スーパーXを注射された人は、スーパーマンのようなすさまじいパワーを得ることができる。だが効き目が切れるのが早く、つらい禁断症状に襲われる。だからまたスーパーXを欲する。その繰り返しで薬漬けになり、お金がなくなると海亀島へ連行され、スーパーXを与えられながら過酷な奴隷的労働を強いられるのだ。
 そんな犯罪活動を行なっているのが“スーパーXクラブ”なる組織だった。
 この作品、劇画短編誌に再録される前に「少年クラブ」で発表されている。読者である多くの少年たちに、麻薬の怖さを容赦なく教えていることになる。もちろん現在の日本でも麻薬の怖さを若者に啓蒙するキャンペーンは行なわれているが、この作品は「麻薬なんて絶対やっちゃいけない」と思わせることに効果抜群ではないか。手塚先生の凄みを、こうしたところからも感じる私であった。


 さて、ハリケーンZはその後、土用丸に乗せられ海亀島へ連れて行かれる。そこで海亀島やスーパーXの秘密が明らかになり、この作品が有するおどろおどろしさや猟奇性が最高潮に達する。
 スーパーXを開発したのは何者か、なぜ海亀島で製造されているのか、どうしてスーパーXクラブの首領はそんな犯行に走るのか、といった諸々の謎が明かされたうえ、スーパーXを摂取し続けると薬が切れたときの苦しみがひどく、そのうち体が腐っていくこともわかった。
 スーパーXのせいで異形になってしまった人々の姿は、絵的なインパクトが強い。その異形の姿を見ると、“フリークス”という言葉を思い出す。手塚マンガで“フリークス”に出会うのは珍しいことではない。メタルフォーゼという現象を愛していた手塚先生は、人間が人間ならざるものへ変身するさまにも愛着をおぼえていた。人間が人間ならざるものへ変身するなかに、フリークスが含まれるのである。
 手塚フリークスマンガの元祖的な作品として『妖怪探偵団』(1948年)が挙げられる。その表現内容から、復刻の難しい手塚作品のひとつになっている。


 小ネタ的な部分で私の心にフックしたのは、手塚先生自身の登場シーンだ。『ハリケーンZ』の作者として主人公のハリケーンZと少しだけ絡む。こういう楽屋ネタも、手塚先生の得意とするものだ。