『スリル博士』

 

 昭和34年、「週刊少年サンデー」と「週刊少年マガジン」が創刊された。日本で初めての“週刊”少年雑誌である。それまで少年誌は月刊誌が隆盛を誇ってきたが、週刊誌の登場でしだいに時代から取り残されていく。
『スリル博士』は、そんな新しいメディアである「週刊少年サンデー」の創刊号から連載された作品だ。初の週刊少年誌連載マンガの一つとして、歴史に刻まれ続けるだろう。
『スリル博士』を皮切りに、手塚先生は「週刊少年サンデー」でさまざまな作品を発表し、いくつもの名作を世に送り出すことになる。ここで、「週刊少年サンデー」連載の手塚マンガを一覧にしてみよう。

・『スリル博士』:昭和34年4月5日号〜9月6日号
・『0マン』:昭和34年9月13日号〜35年12月11日号
・『キャプテンKen』:昭和35年12月18日号〜36年8月20日
・『白いパイロット』:昭和36年8月27日号〜37年6月24日号
・『勇者ダン』:昭和37年7月15日号〜12月23日号
・『悪魔の音』:昭和38年4月28日号〜05月05日号
・『W3』:昭和40年5月30日号〜41年5月8日号
・『バンパイヤ』:昭和41年6月12日号〜42年5月7日号
・『どろろ』:昭和42年8月27日号〜43年7月21日号
・『ばか一』:昭和46年8月15日号〜8月22日号
・『ダスト8(原題:ダスト18)』:昭和47年1月9日号〜5月14日号
・『サンダーマスク』:昭和47年10月8日号〜48年1月7日号
・『二人のショーグン』:昭和54年1月1日号〜2月4日号

 そんな並み居る「週刊少年サンデー」連載手塚マンガの劈頭を飾る記念すべき『スリル博士』だが、どちらかというと地味な印象だ。手塚先生は当初、連載1回分につき1エピソード、という方式で始めたのだが、編集部から「週刊誌というものは毎週一回出るのだから、大長編のつづきものでないとこまります」と言われ、途中から続きモノにした。言われたような方式に変えてみたら、良いアイデアが浮かばす、内容もはかばかしくなく、連載は尻つぼみに終わってしまったという。そういう事情もあってか、“初の週刊少年誌連載作品”という誉れのわりに、『スリル博士』は存在感が薄めのような気がする。
 むろん手塚先生にとってこれが週刊少年誌における初めての連載だったわけだから、どのようにやっていこうか手探り状態だった面もあるだろう。『スリル博士』の次に「週刊少年サンデー」に連載した『0マン』は、まさに週刊連載の利点を活かした大河マンガであり、完成度の高い長編SFとして今も高い評価を獲得している(私も大好きだ)。


『スリル博士』は、次々と起こる事件を主人公たちが解決していく、探偵・活劇マンガである。
 スリラーが好きすぎて“スリル博士”とあだ名される医者(ヒゲオヤジ)、と、その息子・ケン太(ロック)がメインキャラクターである。スリル博士が開業するスリル医院は他にもスリラー好きが揃っていて、看護婦のメロンさんも、助手のカボチャさんも、愛犬のジップも……という具合だ。
 このキャラクターたちが、スリラー好きが昂じてスリラーな事件に首を突っ込んだり巻き込まれたりする。犯人当て、暗号解読、神秘現象の科学的解明といった謎解きの魅力と、危険をかえりみず事件の渦中に飛び込んだり悪者と命をかけて戦ったりする冒険活劇の魅力がある。
 スリル博士は医者なので、作中で人を診察したり手当てしたりするシーンが見られる。なかでも彼が無茶な条件下で手術を続けるシーンを見ると、後年手塚先生の最大級の代表作となる『ブラック・ジャック』の手術シーンを思い出さずにはいられない。


『スリル博士』は、初出時にはいくつかのエピソードに分かれていて、それぞれにサブタイトルがついていたが、単行本化のさい手塚先生がエピソードの順番を入れ替えながらその全てをひとつなぎのストーリーにしたため、各話のサブタイトルは消されている。エピソード別に見た場合、私が特に好きなのは、テング族の話と謎の万年筆の話である。
 テング族の特徴は、なんといっても鼻が長いことだ。見た目ですぐに区別がつく。そのせいもあってか、ヤマト民族とアイヌ民族が交流するようになった時代でも山奥にこもって仙人のような暮らしを続けきた。そうして現代、秋葉テング33代目の主人が、長い鼻を毒蛇にかまれ、命の危機に瀕していた。主人宅に集まったテング族の人たちの多くは、手術で鼻を低くしてしまっていた。主人は、そんな彼らを「恥知らずめっ」となじる。
 異形の鼻が葛藤の種になるといえば、『火の鳥』シリーズにいろいろな役で登場する“猿田”を思い出す。テング族の話は、猿田ほど異形の鼻の問題に拘泥してはいないが、異形の鼻の持ち主であるがために正体を隠したり、ヘビにかまれたり、社会に溶け込もうと鼻を手術したりしていて、鼻に対して常人より問題意識を持たざるをえない点は猿田たちとあまり変わりがない。手塚マンガに登場する異常に大きな鼻の持ち主たちは、手塚先生の鼻の分身という意味でも重要だろう。
 この話ではその後、テング族の宝を狙ってテングの仮面をかぶった悪い集団が登場したり、宝の在り処を示した暗号を解くくだりがあったりして、宝の秘密が明かされていくまでの展開を楽しめる。“テングメシガイ”という種類のキノコが出てきて、「そんなキノコがあったのか!」と博物的な面白さも味わえる。


 一方、謎の万年筆の話は、万年筆をめぐる争奪戦が繰り広げられる。ワニっぽい仮面をかぶった怪物や、正義感を捨てていないスリ師、万年筆を追う賊などが登場するし、看護婦のメロンさんのかわいらしいスチュワーデス姿やメイド姿も見られて、楽しみどころが多い。メイド姿のコスプレなんて昨今の萌えにも通じる発想である。(看護婦やスチュワーデスは今は避けられる言い方であるが、作中の表現に従った)
 終盤、話の舞台が大阪の豊中に移り、そこからさらに宝塚へ移動する。豊中は手塚先生が生まれた土地であり、宝塚は手塚先生が5歳のとき豊中から引っ越してきて東京に住まいを移すまで住み続けた場所だ。そうやって話の舞台が豊中→宝塚と移動するのを読んだ私は、子ども時代の手塚先生が豊中→宝塚と住まいを移した事実と重ね合わせた。
 そして、話の舞台が宝塚に移ったさい登場人物たちが集まるのが“宝塚ホテル”である。宝塚ホテルといえば、手塚先生が結婚式を行なった場所だ。昭和34年10月4日のことだった。『スリル博士』が発表されたのが「週刊少年サンデー」昭和34年4月5日号から9月6日号までだったことを考えると、この時期、手塚先生はご自分の結婚式を間近に控えていたことになる。奥様の出身地も豊中なので、『スリル博士』のなかで豊中→宝塚を舞台にしたのは、奥様のご実家へのあいさつや結婚式の準備のため当時この地を実際に訪れていたからなのだろう。
   
 
 この写真は、去年宝塚ホテルに行ったときのものだ。