手塚治虫先生のご命日


 2月9日は、手塚治虫先生のご命日でした。
 昨年のこの日は、ジュンク堂書店名古屋栄店内に開設された「手塚治虫書店」へ足を運び、一昨年は、ドストエフスキーの命日も同じ2月9日ということで手塚先生の『罪と罰』を再読しました。そんな感じで毎年ご命日には何らかのかたちで手塚作品に触れるようにしています。


 今年は、手塚治虫漫画全集タイガーブックス』3巻を読み返しました。
 
 『ころすけの橋』『カノン』『ロロの旅路』『雨ふり小僧』『ガラスの脳』の5作品を収録した、名編ぞろいの短編集です。手塚先生はこの巻が大のお気に入りで、贈呈用に50冊購入されたとか。


 『ころすけの橋』はニホンカモシカ、『ロロの旅路』はエゾオオカミのお話です。野生動物の姿が、あたたかく、生き生きと描かれています。手塚先生の描く哺乳動物の絵をぞんぶんに堪能できるのです。
 物語を読んでいくと、動物の子どもたちに感情移入を誘われるぶん、彼らの運命がいっそう切なくなります。自然(野生動物)に対して向けられる人間のエゴに触れて、自然と人間の平和的共存はやはり不可能なのか…、われわれが人間である以上自然の尊厳を侵犯する行為は宿命的につきまとうものなのか…、という諦念にみまわれながら、動物と心を通わす少数の個人の存在にちょっと救われます。


 『カノン』は、“戦争”というものの悲惨な一面を容赦のない描写で表現しており、初めて読んだときなどそこに強い衝撃を受けました。とともに、作品全体に響きわたる甘酸っぱい郷愁や牧歌的な雰囲気も手伝って、過去の心残りが清算されていくような読み心地を味わえたりもしました。


 『雨ふり小僧』と『ガラスの脳』は、人生における時間の物理的な長さと、その時間のもつ意味・価値との関係について、あらためて考えてみる機会を授けてくれます。“約束を信じて40年間ひたすら待ち続ける”“60年ほどの人生のうちで5日だけ眠りから覚める”という驚くべき事象が、人生の時間をめぐるわれわれの固定観念や常識を揺さぶるのです。
 『雨ふり小僧』は、手塚先生ご自身が好きだとおっしゃっていたうえ、読者のなかにも好きだという人が多いです。故・立川談志さんは「何という愛らしさ、何といういぢらしさ……。涙が出てくる」(集英社文庫手塚治虫名作集2 雨ふり小僧』、1995年)、鳥山明先生は「一度だけ漫画で涙が出てしまったことがある。若い頃読んだ「雨ふり小僧」」(ジャンプコミックス手塚治虫THE BEST』2巻の帯コメント、1998年)とおっしゃっています。安易には泣きそうにないイメージの談志さんや鳥山先生に「泣けた」と公言させてしまう『雨ふり小僧』の魅力ははかりしれません。