『火の鳥 太陽編』と「壬申の乱」展


 手塚グッズコレクションの展示を観るため岐阜県博物館へ行ったさい、同館で特別展「壬申の乱の時代−美濃国・飛驒国の誕生に迫る」をやっていたので合わせて観覧しました。
 
 
 
  私が壬申の乱に強く興味をおぼるようになったのは、『火の鳥 太陽編』の主たる舞台になっていたからです。先月再読したばかりですし、手塚グッズの展覧会を観に行った同じ博物館でたまたま壬申の乱の展覧会もやっているとなれば、これはもう観るしかない!と思ったのです。
 
 
 『火の鳥 太陽編』は、7世紀と21世紀の二つのパートを交互に描く構成をとっています。7世紀パートの主人公が見る夢が21世紀パートになり、21世紀パートの主人公が見る夢が7世紀パートになるという、夢と現実が交錯するような入れ子構造にダイナミズムを感じます。その7世紀パートのほうの後半で、壬申の乱が大きな舞台となるのです。
 太陽編は『火の鳥』各編のなかでもページ数が最も長大です。そのぶんいろいろな要素を複雑に含んでいるのですが、物語の全体を貫く芯のひとつは1300年の時空を超える恋愛譚です。なんと壮大でロマンティックで過酷な恋の物語でしょう!


 最終的に1300年の時空を超える恋愛を成就するのは、主人公ハリマと狗族の娘マリモです。それは遠大で感動的な恋愛譚ではあるのですが、しかしハリマは、ほんのいっとき浮気行為をおかしてしまいます。
 その浮気シーンが私に大きなインパクトを及ぼしました。ハリマのお相手は十市媛。14歳の人質妻である十市媛と狼の姿をしたハリマが愛し合う場面は鮮烈です。見た目には人と獣が睦び合っているようですし、あどけなさの残る十市媛の姿態や彼女の悲劇的な運命、けなげな尽力などのイメージが重なって、アブノーマルな臭いがプンプンとしてくるうえ、この場面が素敵に見えたり背徳的に感じられたり、いろいろと複雑な心境がめぐるのです。
 「手塚治虫はケモナーの先覚者だ」といった言説をよく見かけますが、その伝でいけば、太陽編は手塚マンガ最後期のケモナー度高き作品でしょう。


 『火の鳥 太陽編』は、従来の土着宗教と新たに入ってきた宗教の相克、時の権力者による統治のための宗教利用、ひどい権力が倒れたあとに登場する新たなるひどい権力、神は人間がつくりだしたものだという観念など、宗教と権力に対するニヒリズムが強く感じられる作品でもあります。苦難の道を歩んだ主人公たちがようやく幸せになれるのは人間界から離脱したとき…という結末からも、人間がつくった世界に対するニヒリズムが伝わってきます。

 
 
 特別展「壬申の乱の時代−美濃国・飛驒国の誕生に迫る」についてもう少し書きます。
 この展覧会は、古代日本最大の内乱と言われる壬申の乱を紹介するとともに、岐阜県内外の古代遺跡から発掘された品々から美濃国飛騨国が誕生した時代へ思いをはせる展覧会でした。
 壬申の乱美濃国が果たした役割は大きく、岐阜県博物館が壬申の乱にスポットを当てるのは自然なことでしょう。美濃での歴史上大きな戦乱といえば、西暦1600年に関ヶ原の戦いがありましたが、その900年以上も前に起きた壬申の乱でも関ヶ原は重要な舞台のひとつになっています。関ヶ原は、古代でも近世でも“天下分け目の戦い”といえる出来事のご当地だったのです。(南北朝の趨勢を決したと言われる青野原の戦い関ヶ原あたりが戦場でしたから、中世にも天下分け目の戦いと言えそうな出来事があったことになります)


 岐阜県博物館での展覧会とあって、美濃国視点で壬申の乱のあらましが紹介されていました。岐阜での開催だからこその視点を味わえるのが醍醐味ですね。
 私の暮らす尾張地方は壬申の乱の主舞台からはちょっと外れていますが、尾張国大海人皇子の味方になってたくさんの兵を派遣したり軍資を提供したりしています。現在の名古屋市東区あたりは戦場にもなっているらしく、この乱で戦死した大友皇子サイドの将兵を弔った塚が残っているようです。


 この展覧会では(壬申の乱と直接的には関係ないものの)美濃地方の遺跡から出土した品々がたくさん展示されていました。なかでも特に私の目にとまったのが、数々の須恵器です。東濃地方は現在も陶磁器の一大産地ですが、そのルーツを間近で見た気がして感動的でした。
 古代の美濃の須恵器には「美濃国」「美濃」と国名が刻印されたものがあります。この時代、国名を刻印するという事例は他にないそうです。美濃を他国にPRするための刻印と考えられており、当時そんなふうに美濃ブランドを宣伝しようと考えたやり手アイデアマンがいたのだなあと思うと面白いです。
 あと、この展覧会をでとても印象的だったのは、関市の弥勒官衙遺跡群に関するものです。全国でも稀なかたちで古代の役所や関連施設の跡が残っており、近隣に古墳や寺院遺跡もあって、その歴史的関連なども知ることができるのです。この遺跡の存在はなんとなく聞いたことがあったのですが、すごい遺跡なんだ!と再認識しました。