クリスマスに手塚作品を読む


 クリスマス(&イブ)の夜、出かける用事もない私は、手塚マンガを再読してすごしてみました。おかげで、普通にすごすよりも聖夜な気分を味わえました(笑)


 まず読み返したのは、短編の『聖女懐妊』です。直接的にクリスマスの話ではありませんが、そもそもクリスマスとはイエス・キリストの降誕をお祝いする日です。イエスは、聖母マリア処女懐胎によって誕生しました。そうした聖母マリア処女懐胎をモチーフに、女性型アンドロイドロボット“マリヤ”の懐妊を描いたのが『聖女懐妊』ですから、クリスマスに読む作品として間違っていないと思うのです。
 処女が妊娠するのも奇跡なら、ロボットが妊娠するのも奇跡です。聖母マリアはもちろん、『聖女懐妊』のマリヤも聖女のイメージをまとっています。彼女らが生んだ子どもは偉大なる神からの贈りものなのです。



 聖母マリアをモチーフにした手塚作品といえば、『ブラック・ジャック』の「からだが石に……」もそうですね。体が石化する難病の息子のために母親が十字架のイエス像にお祈りする場面があって、キリスト教的な世界観が明瞭な話です。最終的に難病の息子の脳は、ブラック・ジャックの手で別の子どもの頭に移植されて生き残ります。その移植された側の子どもは、難病の子と同じ母親から生まれてすぐ死んでしまった赤ん坊(つまり難病の子の弟)でした。最終ページ、教会の神父がこの赤ん坊について「神がくださったのだ!」と語り、赤ん坊の姿と十字架のイエスが同じコマに描かれます。神から授かった奇跡的な赤ん坊。聖母マリアがイエスを生んだエピソードとイメージが重なります。


リボンの騎士』の序盤あたりもそのイメージを感じさせるところがあります。明朝に生まれる予定の赤ん坊たちを男にするか女にするか神さまが決めている冒頭シーンは、赤ん坊は神が地上の母親へ贈り届けるもの、というイメージに満ちています。人間に生まれ変わった天使のチンクが馬小屋で寝て朝を迎えるシーンは、もっと直接的にイエス降誕のエピソードに触れています。チンクは言います。「天使は馬小屋でねるものと決まっているんだよ。キリストさまも馬小屋でお生まれになってお手本をおしめしになったんだよ」。


 また、手塚先生が「SFマガジン」に連載した『鳥人体系』いも聖母マリア処女懐胎を下敷きにしたエピソードがあります。第11章「クロパティア・ピティアルム」です。『鳥人体系』は、鳥が知能を高め道具を使い出し、人間を襲ってやがて立場を逆転させます。鳥が地球で文明生活をおくる鳥人となり、人間は鳥人の家畜になっていきます。そんな世の中で、鳥人たちにとって信仰上の基盤である聖ポロロの誕生するのです。そのころ下層鳥人の女はむやみに産卵したのですが、ほとんどは腐ったり壊れたりしたし、残った卵も支配層に壊されてしまいました。支配層による摘発を逃れて下層鳥人は卵を隠したのですが、摘発はますます厳しく暴力的なものになり刑罰も加えられました。そんななか、ある下層鳥人の女が、家畜である人間の女・マーリヤに卵を託します。森へ逃げ込んだマーリヤは小屋を作って、卵を自分の膣に入れあたためます。そうして彼女はある晩、ひなを生み落としたのです。マーリヤは処女でした。
 マーリヤは聖母マリア、彼女が生んだ聖ポロロはイエス・キリストがモデルになっているのは歴然です。
 


ブラック・ジャック』のクリスマスエピソードといえば「ブラック・クィーン」。B・Jの失恋譚として印象的です。2人が2年後に再会する話が「終電車」です。



 手塚先生の病床日記のなかに『トイレのピエタ』というアイデアが記されています。癌の宣告を受けた患者が何ひとつやれないままに死んでいくのはばかげていると入院室のトイレに天井画を描きだす…という話です。そこからインスピレーションを得た松永大司監督が完全オリジナルストーリーで脚本化して映画を制作する、との報道が11月ごろにありました。2015年初夏公開予定だとか。ここに出てくる“ピエタ”とは聖母子像のことで、十字架から降ろされたイエス・キリストの亡骸を抱く聖母マリアをモチーフとした宗教画や彫刻などを言うそうなので、これも聖母マリアと関連した(幻の)手塚作品といえそうです。



 アニメ『ふしぎなメルモ』の「クリスマス・メルモ」も観ました。捨て子の両親を捜すストーリーです。メルモちゃんが、上半身ネコ・下半身イヌのかわいいキメラに変身します。雄犬に下半身で媚態を示すシーンが妙に色っぽい(笑)性教育コーナーは、卵子精子の結合について。
 捨て子の親がなぜ失踪したのか。父親は小さな会社の経営者だったのですが、親会社に仕事を切られ食っていけなくなったので、生まれたばかりのわが子を駅に置いて両親は心中旅行におもむいたのです。この一家の姓は「松谷」といいます。父親は会社の経営者ですから松谷社長…。その点で、現手塚プロ社長の松谷社長とオーバーラップします(笑)