教科書で読む手塚治虫


 もう先々月末の話になりますが、名古屋市鶴舞中央図書館で行なわれていた新年度の教科書展へ足を運びました。このたび改訂された教科書でマンガ作品やマンガ家がいろいろと取り上げられている、という新聞報道が以前にあったので、どんなものだろう…とちょっと興味をおぼえて出かけてみたのです。


 会場内の書棚に、高校の日本史の教科書が15冊ほど並んでいました。私の小中高時代は歴史の教科書にマンガやアニメが記述されるなんて信じられないことでしたが、現在の教科書であれば現代の章とか戦後の章などである程度は言及されているだろうと思い、その15冊をざっと調べてみました。(ざっと調べただけなので、厳密な調査ではありません)


 まず、マンガ関連の記述をチェックしてみると、15冊のうちの8冊で手塚治虫先生の名前を見つけました。その8冊のうち3冊では手塚先生のほかにもマンガ家の名前が見つかりましたが、手塚先生のみを紹介しているものが多数派です。「日本史の教科書でマンガについて言及するということは、すなわち手塚先生に言及することである」という印象です。
 その15冊のうちアニメに言及したものも半分くらいはあったと思いますが(というか、マンガとアニメはたいてい同じページで取り上げられている)、アニメについて記述するさいも、ほぼ必ず手塚先生の名前か『鉄腕アトム』が紹介されていました。アトム以外のアニメ作品ですと、『鉄人28号』『エイトマン』『狼少年ケン』『オバケのQ太郎』『風の谷のナウシカ』『千と千尋の神隠し』が、それぞれ1〜3冊の教科書で触れられていました。『ジャングル大帝』の図版を載せている教科書もありました。
 日本史の教科書でマンガ・アニメを取り上げたスペースはごくわずかに限られています。それでは多くの作家名や作品名を挙げることはできません。ですから、特に代表的な人物だけを挙げることになります。マンガ・アニメのジャンルで誰かひとりだけを挙げるとなれば、やはり「手塚治虫」ということになるわけですね。


 その手塚先生ですら、日本史の教科書では1行か2行くらいで説明が終わってしまいます。そんななか、1ページまるごと使って手塚先生のことを紹介していたのが、第一学習社の『日本史A』です。高校日本史の教科書のなかでは、最も文字数を割いて手塚先生を取り上げています。戦時下の学徒勤労動員や大阪空襲の体験を中心に記述しています。手塚先生の自伝本『ぼくはマンガ家』からの引用もありましたし、戦時下の体験ということで『紙の砦』から一コマが転載されていました。
 清水書院の『日本史A』は9行(200字強)くらい使って手塚先生を紹介しており、これも他と比べれば比較的多めの文字数を割いています。


 手塚先生を紹介するという意味では、日本史以外の教科書にもっとページ数を割いているものがあります。私が調べた範囲では、特に小学校の教科書で手塚先生の名前を見かけました。東京書籍の『新しい道徳[6年]』は5ページ、東京書籍の『新編新しい国語[5年]』は20ページ近くにわたって手塚先生の人物伝を載せています。日本文教出版の『小学道徳[5年]生きる力』にも、4ページにわたり手塚先生のエピソードが載っています。さらには、光村図書の『道徳[5年]』でも手塚先生が取り上げられているようですが、自分の目では確認できませんでした。


 東京書籍『新しい道徳[6年]』には、175ページから179ページにかけて『真理を求めて「まんがに命を 〜手塚治虫 日本のテレビアニメの生みの親」』という文章が掲載されています。どうして絵が動いているように見えるのだろうか?とアニメ映画のフィルムを一コマずつ調べたとか、ディズニーのアニメ映画『バンビ』を130回観たといった手塚先生のエピソードが紹介されています。
 手塚先生のマンガについてこう解説されているのが印象的でした。
「それまでのまんがとちがって、絵といいストーリーといい、読者をはらはらどきどきさせるスピード感がありました。これは、まんがに映画的手法を取り入れ、アップにしたり、アングル(ものを見る角度)を変えたりといったくふうをこらしたからです。ストーリーもまた、ぼうけんもの、SFもの、ファンタジーものというように、変化があり、読者をあきさせませんでした。」
 そして最後には道徳の教科書らしく「すすんで新しいものを求め、よりよくしようとしたことがありますか。それはどんなことかを書いて、発表してみましょう。」という指示が記されていました。


 東京書籍『新編新しい国語[5年]』は165ページから183ページにかけて『手塚治虫』という題で伝記を掲載しています。文章は児童文学作家の国松俊英氏によるもの。表題とともに「伝記を読んで、感想文を書こう」という文言が記されています。
 特に印象に残ったのは、『紙の砦』が3ページ分(計11コマ)掲載されていることです。『新寶島』『ジャングル大帝』『鉄腕アトム』『リボンの騎士』の図版も掲載されていましたが、そうした有名な代表作とともに短編作品である『紙の砦』が載っているのが目がとまったのです。前掲の高校日本史の教科書にも『紙の砦』の一コマを掲載したものがありましたから、ちょっと強引にいえば、『紙の砦』は教科書に好かれる作品ということになりましょう。


 日本文教出版の『小学道徳生きる力[5年]』では、20ページから23ページにかけて『マンガ家 手塚治虫』という文章が掲載されています。
 体が小さく運動が苦手でマンガを描いていることにも劣等感を抱いていた手塚少年でしたが、5年生のとき担任の乾秀雄先生から「君はおおいに自分のよさをのばしたほうがいい。大人になったら、きっとマンガ家になれるだろう」と言われて勇気づけられました。また、進路に迷っていたときお母さんに相談したら「マンガが好きならマンガ家になりなさい」と言って任せてくれました。そんなエピソードが紹介されています。
 そして、この人物伝を読んだ子どもたちに「手塚さんがマンガ家を続けられたのは、どんな思いがあったからなのだろう」「自分のよさをのばすために、どんなことをたいせつにしたいかな」と問いかけています。


 漫画家の人物伝としては、手塚先生のほかに、水木しげる先生や藤子・F・不二雄先生の人物伝が道徳の教科書に載っていました。『アンパンマン』『ちびまる子ちゃん』を取り上げた道徳の教科書もありました。
 私が子どもの頃は、たとえばライト兄弟とかエジソン野口英世のような人物が偉人的な扱いでよく紹介されていましたが、今はそうした人物たちに加え、漫画家も取り上げられる時代になっているのです。実際に今の教科書を見ることで、その事実を強く実感できました。