手塚マンガで描かれた戦時猛獣処分


 手塚治虫先生の『アポロの歌』を読み返したら“戦時猛獣処分”の挿話がありました。
 太平洋戦争時、空襲によって檻の中の猛獣が逃げ出したら危険である、との理由から、全国の動物園に対し動物の殺害命令が出されました。それが戦時猛獣処分です。


 戦時猛獣処分を題材にした物語のスタンダードといえるのが、『かわいそうな ぞう』(金の星社、土屋由岐雄・作、武部本一郎・絵)でありましょう。
 
 上野動物園での猛獣処分で3頭のゾウが餓死させられた事実を童話化しています。


 名古屋の東山動物園を舞台にした物語もあります。 
 
 ・『ゾウさん死なないで』(東海出版社、山田鉱一)
 ・『ぞうれっしゃがやってきた』(岩崎書店、小出隆司・作、箕田源二郎・絵)

 
 東山動物園でも猛獣処分はおこなわれたのですが、園長はじめ関係者の尽力で、終戦時に2匹のゾウが生き残りました。ほかの動物園ではゾウを観られなくなったため、全国から東山動物園へ行けるよう特別列車「ゾウ列車」が運行されました。


 こうした猛獣処分のエピソードをさらに有名にしたのが『ドラえもん』の「ぞうとおじさん」という話です。「ぞうとおじさん」では、猛獣処分の事実に空想的要素が加わって、殺されることが決まっていた一頭のゾウが救われます。


 そして『アポロの歌』!
 
『アポロの歌』の作中では、神戸の阪神動物園で猛獣処分の命令が下された、という設定です。
 この動物園の飼育係長は、大きなスケールで動物たちの命を救っています。各動物のオス・メスを船に乗せて逃がしてやるという、まるで聖書のノアの方舟のような救い方をしたのです。
 動物たちを逃がしてやった島は、肉食動物と草食動物と人間が仲良く共存する楽園になります。その楽園には、動物たちが交尾する専用の広場があるのですが、そのシーンが鮮烈に目に焼きつきました。生々しいシーンのようで神聖さを感じさせる光景でもあります。(結局、このエピソードは作中人物による創り話だった…ということになるのですが)


 余談ですが、このエピソードに登場する阪神動物園の飼育係長は「福本一義」といいます。手塚ファンにはよく知られた名前ですね(^^
 手塚先生のチーフアシスタントを長くつとめた方です。それ以前には少年画報社で手塚先生の担当編集者だったこともありますし、その後独立して漫画家をやられたこともあります。現在は「福元一義」と表記されていますね。
 福元氏がご自分の見た手塚先生のエピソードを綴った『手塚先生、締め切り過ぎてます!』(集英社新書、2009年)は、手塚先生の仕事ぶりや人柄を伝える貴重かつ楽しい記録だと思います。