『ドグラ・マグラ』と『アポロの歌』


 夢野久作の小説『ドグラ・マグラ』を久しぶりに読み返して、精神の迷宮をさまようような酩酊感を味わいました。とくに、『キチガイ地獄外道祭文』のあたりから酩酊感が深まって、脳がクラクラ・グラグラしてきました(笑)スカラカ、チャカポコ、チャカポコ、チャカポコ…♪という擬音がテンポよく、でも気色悪く脳内をめぐります。
 『ドグラ・マグラ』の作中論文「胎児の夢」のくだりで、“人間の胎児は、胎内でおよそ十か月かけて単細胞から人間まで代々の進化の過程を繰り返す”という旨が述べられます。手塚先生の『アポロの歌』冒頭における「胎児、それは進化の模型である 」を思い出しました。
 『ドグラ・マグラ』と『アポロの歌』は内容的に無関係ですが、精神医療の病院が舞台になるところや、全体的にクレージーな雰囲気であることに、すこしばかり近い臭いを感じます。
 
 『アポロの歌』の主人公の少年は、愛を憎んだ罰として、何度も生まれ変わり、そのたびにある女性を愛し、その愛が結実しかけたところで少年か女性が死んでしまう…という運命を課されます。なんという無限拷問でしょうか…。


 『アポロの歌』には、絵本『かわいそうなぞう』や、『ドラえもん』の「ぞうとおじさん」などでも描かれた戦時猛獣処分のエピソードがあります。『アポロの歌』では、毒殺される運命にあった動物たちを救う方法が、まるで聖書のノアの方舟伝説のようです。各動物のオス・メスを船に乗せて、無人島に逃がしてやるのです。
 ノアの方舟伝説というと、手塚先生の初期SF『来るべき世界』の構想段階の原題が『ノア』だったことが頭に浮かびます。じっさい、『来るべき世界』ではノアの方舟伝説を彷彿とさせるエピソードが描かれています。もうすぐ滅亡を迎えるであろう地球から、フウムーンなる人類を超えた生物が、地球の動物たち(選ばれた地球人たちを含む)を空飛ぶ円盤に乗せて、宇宙へ飛び立っていくのです(最終的に地球は滅亡を免れるのですが…)。ここでは、方舟の役割をする乗物が空飛ぶ円盤として描かれているわけです。
 手塚先生はノアの方舟伝説が大好きだとおっしゃっています。手塚マンガでノアの方舟ネタが作品の主題にまでなっているといえば、『大洪水時代』を真っ先に思い出します。「おもしろブック」1955年8月号の別冊付録で発表された名編です。