『絶望図書館』のラストに「ハッスルピノコ」が収録される


 11月9日に発売されたちくま文庫『絶望図書館』。
 
 手塚目的で買ったわけではありませんが、手塚作品も掲載されている本なので、ここでちょっと紹介します。


 『絶望図書館』は“絶望したとき心に寄り添ってくれる物語”を12編集めたアンソロジーです。編者は『絶望名人カフカの人生論』『絶望読書』などの著者・頭木弘樹さん。これまでの著書でも“絶望したとき心に寄り添ってくれる作品”について書かれてきた頭木さんが、そのテーマで初めてアンソロジーを編んだのです。


 安部公房川端康成といった日本文学の文豪から、英米文学、韓国文学、児童文学、口承文芸、SF、エッセイ、マンガなど幅広い領域から作品がセレクトされています。いろいろな領域の作品がひとつの本の中で並び合うのは、アンソロジーの大きな醍醐味です。

 そんな『絶望図書館』に収録された12編の最後の作品が『ブラック・ジャック』の一編「ハッスルピノコ」なのです。ピノコが受験に挑戦する話ですが、それは彼女が社会の中での自分の居場所を求めようとする話でもあります。ピノコにはブラック・ジャックの家という確固たる居場所があるはずですが、社会的な役割を持った一人としての居場所を彼女は切願したのです。そしてその願いは、その生い立ちからして異形的な存在であるピノコにとって、そう簡単にかなうものではありませんでした。ラストの一コマは、ブラック・ジャックの苦悩やピノコへの思いやそこに入り混じった複雑な心情が彼の無言の姿から浮かび上がっており、頭木さんはこの一コマでアンソロジーを終えたかったそうです。


 せっかく『絶望図書館』に触れたので、手塚作品以外の収録作にもちょっと言及してみます。 
 児童文学『おとうさんがいっぱい』(三田村信行・作/佐々木マキ・画)がトップに収録されているところからして、心を震わされ、心をつかまれました。タイトルのとおり、お父さんがいっぱいになってしまう話です。その不条理な状況、その状況を解決する方法、そしてショッキングなラスト、どこをとっても不条理な面白さ、奇妙な怖さが満ちています。私の好きなタイプのお話です。
 2編目の『最悪の接触』(筒井康隆)は、同じ言語を使って話をしているのにまるで話が通じない状況を描いたSF小説です。話のすれ違い方・通じない有様がとてつもなくヒドくて、主人公の気が狂いそうになりますが、読む側からしても頭がおかしくなりそうです。その頭がおかしくなりそうな具合が抜群に面白いのです。
 山田太一さんのエッセイ『車中のバナナ』で書かれた心理は、わかる人にはわかりすぎるくらいわかるのに、多くの人にはまるで理解されなさそうな微細な心の動きです。
 アイリッシュのミステリー『瞳の奥の殺人』は、究極的な絶望状況からの話の展開が卓抜で、読後感はスッキリです。


 といったふうに、絶望した心に寄り添ってくれる優れた物語を12編も読めるアンソロジーが『絶望図書館』なのです。